数万点のSKU、複雑なデータ移行を乗り越えShopify PlusでECサイトを全面リプレイス。イヤホン専門店の「世界観」はそのままに、UI/UXと運用効率を劇的改善した舞台裏を追う
「イヤホン・ヘッドホン専門店」というニッチな領域で圧倒的な存在感を放ち、秋葉原のカルチャーと共に成長を続けてきたe☆イヤホン。事業拡大に伴い、長年連れ添ったECシステムは限界を迎えつつあった。コスト構造、運用効率、そして未来の成長戦略。すべてを見据えた彼らが下した決断は、Shopify Plusへの全面リプレイスだった。
フロントエンドを株式会社RESORTが、そして技術的難度の高いバックエンドを株式会社Tsuzucleが担う。この座組は、いかにして数万点規模のSKU、新品と中古が混在する複雑な在庫連携、そして前例のない機能要件という数々の難題を乗り越えたのか。プロジェクトを成功に導いた関係者に、そのリアルな軌跡と舞台裏を詳細に語っていただいた。
プロジェクトメンバー
小川 公造 氏(株式会社タイムマシン 専務取締役)
石川 森生 (株式会社RESORT 代表取締役)
丸澤 舜 (株式会社Tsuzucle 取締役)
新垣 飛雅 (株式会社Tsuzucle)
eイヤホン 小川様:我々は、その名の通りイヤホンとヘッドホンの専門店として2007年に創業しました。現在は秋葉原の2店舗に加え、名古屋、大阪、仙台に店舗を構え、全国5店舗とECサイトで事業を展開しています。取り扱っているのはイヤホン・ヘッドホン本体だけでなく、プレーヤーやケーブル、アンプといった周辺機器、さらには中古製品まで幅広く、常時数万点を超える膨大なアイテムをラインナップしています。
特に、我々の強みを象徴しているのが、店舗での「試聴体験」です。約2,500機種もの製品を、お客様が心ゆくまで自由に試聴できる環境を整えています。これは、単に商品を販売する場所ではなく、お客様が自分のスタイルに合った「最高の音」を見つけるための空間でありたい、という我々の思想の表れです。
また、YouTubeチャンネルは登録者数が約15万人目前にまで達し、製品レビューや比較動画を通じて情報発信を行うなど、メディアとしての活動にも力を入れています。ECサイト内でもテキストメディアを運営しており、専門店ならではの切り口でコンテンツを発信しています。こうした多角的なアプローチもあって、「我ながら、非常にユニークな事業体だな」と自負しています。
eイヤホン 小川様: 事業がありがたいことに拡大を続ける中で、より高度なマーケティング施策の実行や、そのスピード感が求められるようになっていました。しかし、既存のシステムは長年の“増改築”を繰り返した結果、様々な部分で「つじつまが合わない」状況に陥っていました。担当者が変わるたびに新しい機能が追加され、内部はどんどん複雑化していく。まさに“秘伝のタレ”のような状態でしたね。
具体的には、UI/UXの古さもさることながら、運用面での課題が深刻でした。数万点を超える膨大な商品数を扱っているため、例えば「商品情報を更新しても、なかなかサイトに反映されない」といった事象が頻発していました。また、これだけの規模のECサイトを自前のインフラで維持するためのメンテナンスコスト・維持コストが重く、収益性を押し下げる要因となっていました。
eイヤホン 小川様: リプレイスの必要性については、社内で「ふつふつ」と声が上がっており、課題認識は共有されていました。そんな中、ある時期から「Shopifyがいいらしいぞ」という声が、あちこちで聞こえるようになったんです。私自身もイベントに参加したり情報を集める中で、Shopifyというプラットフォームの解像度が急速に上がっていきました。
「世界のECのベストプラクティスを、俺たちも使おうぜ」という、ある種の熱気のようなものが社内に生まれたんです。もちろん、規模感を考えると他の大規模ECプラットフォームも比較検討しました。しかし、これまでの経験上、スクラッチに近い開発は「リリースした時がピーク」になりがちで、その後の進化が望めないという懸念がありました。その点、常に進化を続けるShopifyなら、その轍を踏むことはないだろうという確信に近いものがありましたね。
RESORT 石川: 小川さんとは以前からお付き合いがあり、事業のご相談も受けていました。ですので、既存のEC-CUBEにこれ以上投資していくのは合理的ではない、という認識はすぐに共有できました。
ただ、最初にご要件を伺った時点で、これは生半可なプロジェクトではないな、と。特に在庫連携の複雑さや、新品と中古が混在する商品データの持ち方など、バックエンドの要件が非常に高度で、技術的に大変なものになるだろうと予測できました。そこで、これは我々だけでは無理だと判断し、Shopify Plus構築で高い技術力と信頼があったTsuzucleの森さん(Tsuzucle 取締役 森氏)にすぐに声をかけました。彼らなら、この難題を一緒に乗り越えられると思ったからです。
Tsuzucle 新垣: 小川さんが作ってくださった、既存のシステム連携図を拝見したのですが、その第一印象は「これ、マジか」でした(笑)。非常に複雑で、これをShopifyのアーキテクチャにどう落とし込むのか、正直なところ一瞬途方に暮れましたね。
ですが、そこから一つ一つ要件を整理していく中で、「これは、やれるな」という感覚に変わっていきました。もともといただいた要件一覧は100項目以上あったのですが、それを一つずつ潰していくと、Shopifyで実現できる道筋が見えてきたんです。特に一番の難所だと考えていた在庫連携のシステム仕様が決まるまでには相当な時間がかかりましたが、そこを乗り越えられたのが大きかったですね。
RESORT 石川: 以前のサイトは、お客様が目的の商品を探しにくいナビゲーションが一番の課題でした。新品と中古がごちゃ混ぜになっていたり、eイヤホン様の強みである「買取」への導線も分かりにくかった。そこで、まずは「買う」と「売る」というお客様の目的を明確に分け、ヘッダーやナビゲーションを大胆に再設計し、誰が見ても直感的に分かる情報構造を目指しました。
一方で、デザイン面では非常に悩みました。我々はアパレルECなども手掛けており、いわゆる「シュッとした」綺麗なサイトを作るのは得意です。しかし、eイヤホン様のお客様が求めているのは、本当にそれだろうか、と。デザイナーの堀(RESORT デザイナー 堀氏)とも慎重に議論を進めました。
我々が残したかったのは、eイヤホン様が持つ「秋葉原っぽさ」であり、「ややオタクっぽさ」であり、ガジェット好きがワクワクするような「熱量」なんです。洗練させすぎると、その独特のカルチャーが失われてしまう。世の中にはAmazonや楽天のように、お世辞にも綺麗とは言えないけれど、多くの人に支持され続けているデザインがありますよね。それと同じで、eイヤホン様のお客様に最適化されたUI/UXとは何かを突き詰めた結果、あえて“洗練させすぎない”という選択をしました。
Tsuzucle 丸澤: はい、あらゆる部分で高度な要件がありました。中でも特に痺れたのが「価格変動」の機能です。eイヤホン様の商材は、一般的な定価という概念よりも「市場売価」という考え方が強く、競合の動向などによって価格が頻繁に、そして細かく変動します。このため、「一つの商品に対して複数の価格情報を保持し、時間軸で自動的に切り替える」という複雑な仕組みを、カスタムで開発する必要がありました。
「予約販売」機能も同様です。Shopifyの標準機能では対応できない、「通常在庫がゼロになったら、自動で予約在庫での販売に切り替える」といった、在庫状況と連動した複雑な販売制御ロジックを実装しました。これは、通常在庫と予約在庫を別々に管理する必要があり、非常に難易度の高い開発でしたね。
RESORT 石川: そこがこのプロジェクトの肝でした。Tsuzucleさんのような技術力のあるチームだと、やろうと思えば何でも作れてしまう。でも、それをやりすぎると「それ、究極的にはShopifyじゃなくてよくない?」という話になってしまうんです。
ですから、我々の役割は、eイヤホン様のご要望を伺いながら、「これは絶対に譲れないコア機能なので開発しましょう」「ここは運用でカバーしましょう」「ここは既存のアプリで70点の完成度でも、まずはテストマーケティングしましょう」といった交通整理をすることでした。開発チームとクライアントの間で、ビジネス要件と技術的実現性の最適なバランスを見極める。この調整が、プロジェクトの成否を分けたと感じています。
eイヤホン 小川様: ありとあらゆる面で、想像以上の効果が出ています。まず、運用効率が劇的に向上し、現場から「すごく楽になった」というポジティブな声が毎日聞こえてきます。そして何より、ランニングコストが以前の半分まで削減されました。コスト構造が重い固定費モデルから、売上に応じた変動費モデルに変わったことも、我々のようなECサイトにとっては革命的な変化でした。
eイヤホン 小川様: 機能面での感動は、本当に数えきれないほどあります。まず、Shopifyに搭載されたAI機能には「みんな感動した」というのが正直なところです。管理画面で「今日、この商品は何個売れた?」と、まるで人に話しかけるように自然言語で質問を投げかけるだけで、AIが即座に回答を返してくれます。これまでのようにレポートとにらめっこする必要がなくなり、意思決定のスピードが格段に上がりました。この進化の速さには、国産のクラウドサービスではなかなか太刀打ちできないだろうと感じますね。
豊富なアプリによる拡張性の高さも、まさに“強烈な体験”でした。例えば、Facebook広告を配信したいと考えた時、以前ならデータフィードの準備やエンジニアによるタグ設定など、大変な手間と時間が必要でした。それがShopifyでは、Meta社の公式アプリをインストールして数回クリックするだけで、わずか数時間後には広告配信が開始されていたんです。これには広告担当者も「自分の仕事がなくなるのでは」と呆然としていましたね(笑)。
また、数万点を超える商品を扱う上で、「コレクション」機能はまさに発明でした。以前は、新しいカテゴリを作るたびにディレクトリ構造をどうするか、頭を悩ませていました。それが今では「スマートコレクション」機能を使えば、「特定の条件に合致する商品」を自動で集めた一覧ページを、誰でも、一瞬で作れてしまう。この手軽さのおかげで、お客様への商品提案(キュレーション)の幅と質が飛躍的に向上しました。
eイヤホン 小川様: おっしゃる通りです。EC-CUBE時代に長年の課題だったシステムの処理速度は、比較にならないほど改善しました。以前は何十分もかかっていた商品情報の更新が数分で反映されますし、数万点規模のセールも、Shopifyでは決められた時間に、間違いなく、一斉に価格をスタートさせることができるようになりました。この安定性とスピードが、機動的な販売戦略を実行する上での大きな自信になっています。
eイヤホン 小川様: 今回のリプレイスは、我々にとってゴールではなく、新たなスタートです。これからは、これまで分離されがちだった「店舗とEC」「新品と中古」といった要素をシームレスに繋げ、お客様の体験価値をさらに高めていく「OMO(Online Merges with Offline)戦略」を本格的に加速させていきます。
実は、すでに面白いデータが見え始めています。例えば、手作業でデータを集計してみたところ、「大阪の日本橋店のお客様はECの利用率が高い(結果LTVが高い)」といった事実が判明したんです。また、「新品ばかり買う人よりも、一度中古品を買った人の方が、結果的にもう一度新品を買ってくれる」といった、我々の仮説を裏付けるようなインサイトも得られています。こうしたデータを活用すれば、今後のマーケティングや出店戦略も、より精度高く描けるようになります。
RESORT 石川: 小川さんの話を聞いていて思うのは、システムが変わると、そこで働く人々のマインドセットも変わる、ということです。以前の重厚長大なシステムでは、「店舗とECのデータを連携させよう」という話が出ただけで、関係者全員のテンションが下がってしまったと思うんです。「どうせ大変だろう」「いつかやろう」と、重要だけれども緊急ではないタスクとして、後回しにされがちでした。
それがShopifyという、軽やかで触りやすいシステムに変わったことで、「とりあえずやってみようか」という雰囲気が生まれる。この空気感の違いは、企業にとって計り知れないほど大きな価値があると思います。
Tsuzcle 丸澤: その意味では、保守運用を通じてシステムの安定稼働を支えることはもちろん、事業成長に合わせたパフォーマンスチューニングを継続的に行うことが私たちの役割だと思っています。また、Shopifyは進化のスピードが速いので、新しい機能をキャッチアップし、eイヤホン様のビジネスにとって最適な形で導入できるようサポートしていきたいです。
我々は技術のベストプラクティスを追求する好奇心旺盛な開発チームです 。ビジネス要件のプロであるRESORTさんが「これは開発せずに運用でカバーすべき」「ここの要件は譲れない」といった判断をしてくれたことで、限られたリソースの中でプロジェクトがうまく着地しました。お互いの専門領域を尊重し、補完し合える関係性が成功の鍵だったと思います。
<本事例に関する問い合わせ先>
株式会社Tsuzucle(https://tsuzucle.com/)
株式会社RESORT(https://tuna.cool/)